相続コラム
ホーム相続コラム受け取ってきたものを、書いてみる
2026.07.22

受け取ってきたものを、書いてみる

2026年7月14日、浜松市のGarageにて「贈り物としての遺言書のデザイン」というテーマでワークショップをしました。

食事とお酒を囲んだ、和やかな夜の会でした。自己紹介では笑い声が絶えず、みなさん思い思いに近況を語り合っている。そんな賑やかな場です。

ところが、一枚の紙を配って「ご自分の家系図を書いてみてください」とお願いした瞬間、部屋が、すっと静かになりました。

祖父母の名前、両親の名前、自分と兄弟、そして子どもたち。四世代を、思い浮かべながら書いていく。ただそれだけのことなのに、みなさんペンを持ったまま、しばらく手が止まる。普段、家族の顔は当たり前に浮かぶのに、その名前を紙に書くことは、意外なほど、したことがないのです。

私自身、このワークを自分でやってみたとき、同じ驚きがありました。「ああ、自分はこんなにも多くの世代とつながっているのか」と。


「もらうもの」の前に、「もう受け取っているもの」

相続、という言葉を聞くと、私たちはつい「親から何をもらえるか」を考えてしまいます。
実家の土地はどうなるのか。
預金はいくらあるのか。

でも、その前に、もう、たくさん受け取っているのではないでしょうか。

物や、お金だけではありません。口癖。ものの考え方。困っている人を放っておけない姿勢。
食卓の風景。
叱られた記憶さえ、受け取ったものの一つかもしれません。

だからこのワークショップでは、はじめに「すでに受け取っているもの」を書いていただきます。
誰から、何を受け取ってきたか。祖父母や、両親の顔を思い浮かべながら、静かに。

人の話を聞きながら、ペンが動く

書き終えたあと、隣の方どうしで、書いたものを分かち合っていただきました。
すると、シェアの時間に入っているのに、みなさん、人の話を聞きながら、自分のノートに何かを書き足していくのです。

これは、思い出したのではないと思います。
誰かが「祖父母からこういうものを受け取った」と語るのを聞いて、「ああ、それも受け取ったもののうちに入るのか」と、はじめて気づく。
自分一人では開かなかった引き出しが、他の人の言葉で開いていく。

ある方が、こんなことを話してくださいました。祖父母から受け取ったのは、物でもお金でもなく、「ご縁」だった、と。

祖母がかつて人と人とを結んでいた縁が、めぐりめぐって、今も自分のところに返ってきている。そう気づいたのだそうです。

私はこの言葉に、はっとしました。「ご縁」は、目に見えません。
手渡された瞬間もない。
そして何より、それは、もう受け取り終わったものではなく、今この瞬間も、受け取り続けているものなのです。

相続は、亡くなったあとに始まる手続きだと思われがちです。
でも本当は、とっくに始まっていて、今も続いている。
参加者のみなさんは、それを自分の言葉で見つけられました。


元気な今しか、できない対話がある

もちろん、法的な備えも大切です。
遺言書がないために、ご家族が長く争ってしまう。
そういう場面を、私は仕事の中で数えきれないほど見てきました。
だから、遺言書はきちんと作っておいたほうがいい。

けれど、それだけでは足りない、とも感じています。

財産をどう分けるか、という承継。
そして、その人がどう生き、何を大切にしてきたか、という想いの承継。この二つは、別のものです。そして後者は、書類だけでは決して伝わりません。

「なぜ、こう分けたのか」。
その理由にある想いが伝わらないまま財産だけが遺されると、遺されたご家族の心に、答えの出ない問いが残ってしまう。

そして、想いを受け取る対話は、親がが元気な今しか、できないのです。

あなたは、誰から何を受け取ってきましたか

あの夜、家系図を書き終えたある方が、ぽつりと言いました。

「いちばん残念なのは、母方の祖父母の名前が、出てこなかったこと」。

顔は思い出せる。幼い頃に亡くなった。でも、名前が出てこない。

そして、こう続けました。「帰ったら、聞いてみようと思います」。

これこそが、このワークショップで起きてほしかったことのすべてです。
何かを完成させることではなく、まだ受け取っていないものに気づき、「聞いてみよう」と思うこと。
その小さな一歩が生まれること。

誰から、何を受け取ってきたでしょうか。
そして、まだ受け取っていないものは、何でしょうか。


当事務所では、相続を「財産分配の手続き」としてだけでなく、ご家族への想いをつなぐ機会としてとらえ、遺言書の作成をお手伝いしています。ご相談は、下記よりお気軽にどうぞ。

https://naganolaw.com